年表

116) 結婚式 [自伝本『私のこと』]

まだ 雪が残る3月吉日、長岡にて結納がかわされた。
 
偶然にも 両母親が美容師であり
さらに偶然にも お揃いかと見間違えるほどの着物姿に同じような黒いバッグ、
両父親も ほぼ同じ身長で黒っぽいスーツ・・・。
お互い 笑いあえる 似たもの家族であった。
 
入籍は、付き合い始めた記念日の5月。
二人で 渋谷区役所に届け出た。
 
結婚式は、親や親戚の都合もあって 7月に行われた。
二人の考えた結婚式のプランは、“親孝行” である。
仕事仲間や上司、友達に至るまで
親が気を使わなければいけない方は 一切通知せず
完全なる親戚のみの、一泊温泉旅行での結婚式である。
彼は、栃木県足利市の出身であったため
長岡と足利、そして東京の中間地点である
群馬県の四万温泉(しまおんせん)にある
佳松亭積善(かしょうていせきぜん)を貸し切りにしてもらった。
 
この旅館は、
もともと元禄時代の創業で300年の歴史を持つ温泉旅館『積善館』 を本館に構え
昭和に増設された『積善館山荘』、平成に建てられた『佳松亭積善』 と
谷間から 小さな山頂へ向かい 建てられている。
県の重要文化財となる本館玄関部分
国の登録有形文化財「元禄の湯」 をはじめ
NHK の朝ドラの舞台や 各TV局・雑誌の取材、
「千と千尋の神隠し」 のモデル旅館であったりと
とても貴重な建物となっている。
 
私達が貸し切った佳松亭積善は、偶然 リサーチをするために出向いた先で
山間の松林から覗く建物に魅了され、アポなしで訪ねたにもかかわらず
とても丁重に接客していただき、私達の結婚式プランを承諾してくれたのだ。
内装も素敵で、エントランスからの広いラウンジは どこか大正ロマン風で
そこから眺める竹林の庭園には、能舞台があり
敷石された小道がラウンジに続いている。
丁度、初夏の季節の木漏れ日に 若竹のさわやかな緑色が美しく
絶対 両親も気に入ってくれると直感したのである。
 
当日は イメージ通りの快晴で、私達のプランは大成功だった。
彼は 朝早く到着し、1500本分の赤いバラの花びらを 敷石の小道に沿って敷き詰め
バージン・ロードを作ってくれた。
 
私は 子供の頃からの夢であった、母に白無垢を着せてもらったのだ。
着せてもらいながら、涙をこらえて 育ててもらったお礼と
娘に白無垢を着せている気分を聞くと、感無量なのかと思いきや
「完璧に着せられるか集中しているから・・・」 と、あっけなく中断させられた。
 
母は強し・・・。
 
父は、というと・・・
実は前日の夜 実家にいた私は、必ずやりたかった “例の儀式” をやり終えていた。
「もう寝る・・・」 と言った父を 寝室まで追いかけ
真っ暗の中、「お父さん、今まで ありがとうございました。」 という
涙涙の アレ である。
現在では、結婚式ですら行わない二人もたくさんいる上に
こんな古臭いと思われる儀式だが、私は是非お勧めしたい。
親子の仲であっても、ちゃんと “けじめ” をつけるべきであるし
父にとっても、過去に一度くらいは こんな場面を想像しながら
私を大切に育ててくれたはずである。
結婚式というものは、当然 当人達のうれしいイベントであるわけだが
親にとっても 最も大切なアルバムの一ページであるはずだから・・・。
 
式は、総勢100名からなる親戚紹介の大型版である。
両父が、ちょっとしたギャグを交えながらの ほのぼのとした話で紹介し
その後は、ウエディング・ドレスでローズ・バージン・ロード
庭園でのドリンク・パーティーを楽しみ 一通り挨拶を済ませ
メインの披露宴になった。
温泉一泊の式を企画した最大の醍醐味である “大宴会” である。
先ずは 皆 温泉に浸かり、全員 浴衣での披露宴が始まる。
新郎・新婦もである。
新たに親戚になったといえど、滅多に会えない方たちである。
一切のカッコ付けもなく、まさに裸の付き合いをし 同じ衣装(?)を身にまとい
時間を忘れて 好きなだけ飲み、語り合えるのである。
私達にとっても、両親にとっても、最高のイベントになった。
 
次の朝、全員で朝食を食べ それぞれの方向へ帰って行った。
 
もう、あれから10年経った今でも、たくさんの声を聞くたび
皆の 良き “記念日” になったことと うれしく思うのである。
 
 
 
 

2010年01月22日(金)

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