年表

135) 最初で最大の難関 [自伝本『私のこと』]

育児日記のお蔭で、順調な育児休暇を過ごせた。
子供の体調も良く、出産日から 丁度3ヶ月で仕事に復帰した。
 
“赤ちゃんのいるサロン誕生” である。
 
ミルクをあげる時間や寝る時間、その他 スケジュールは完璧だった。
近くの保育園は 1才児からの入園だったことを考え、
1才になる春までの約1年間は、サロンで育てることに決めていたのだった。
最初のうちは、私の予定していたスケジュール通りに事が運んでいたが
徐々に睡眠時間が減り、遊びの時間が大切になってきた。
そこで、知り合いの女性にベビーシッターをお願いし
サロンを起点として、外出(お散歩)できるように考えた。
 
だが、私のスケジュールは相変わらず夜遅くまでだったため
赤ちゃんにとって 決していい環境ではなかった。
営業時間は、11:00〜21:00まで。 
その後は レッスンを見ていたので、帰りは23:00頃になった。
それからお風呂に入れて、寝かすのである。
 
考えた末に 出た答えは、私の仕事時間の短縮である。
今まで 妊娠中であっても、仕事を縮小することなく頑張ってきたのに
初めての壁にぶち当たった感じだった。
この時のことを考えると、今でも涙がでるほど 悩んだことを思い出す。
だが、これは私のためのものではなく、愛する子供のための縮小であって、
しかも、子供を産むと 親になると決めた以上 一番大切なことなのだ。
 
そう決意した日から、スタッフやお客様に詳細を説明した。
私の営業時間は、11:00〜18:00までに切り替えた。
そして、18:00以降は 母親としての自分に徹したのだ。
日曜日も 毎週ベビーシッターさんに来てもらっていたので
これを機に 第1・第3 日曜日も休むことにして
子供との時間を優先することにした。
思えば、人生最初で最大の縮小であった。

その頃 巷では、深夜営業などと言ってサービス満点な営業方針に比べ
私の時間にお客様が合わせてもらうという、かなり迷惑な話である。
でも、両立させるということは 物理的に考えるとこういう事なのだ。
 
それに、自分が子供だった頃のことを思い出す。
母親が美容師だったために 淋しかったことや
夕食を一緒に食べられなかったこと、
自分がイヤだと思った事を全部思い出した。
母とは違うやり方で、両立を考えたかったのだ。
仕事上 マイナスになることは承知の上で、決心した。
 
この日以降、2人目・3人目となり、
今でも18:00以降と第1・第3日曜日は、母親タイムなのである。
ベストな選択であったかどうかは、よくわからないが
この切り替え時間のお蔭で、すっきりとした気分で子供達と向き合えていると
思わずにはいられないのであった。
 
 
 

2010年03月30日(火)

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